『ルパート』


ルパートは、L.A.MISTの上級捜査官。温厚で実直な性格ゆえに、MIST同僚のみならず
FBI他部署からも、厚い信頼を受けている。増援のためやむなく現場へ赴く際には、
優れた指揮統率力を発揮する。ハンターとしての射撃の腕前も健在である。
しかし、NMCと戦闘中の彼は、普段は決して発しないような汚い言葉を吐いたり、
うすら笑いを浮かべたりして、まるでNMC狩りを楽しんでいるかのような
残忍な側面を見せることもあったため、他のハンターには敬遠されることも
しばしばあった。
彼には妻と娘がいた。しかし、数年前に発生した未曾有の大災害、マンハッタン
封鎖事件で二人を亡くしていた。彼は、かけがえのない二人の命を
奪ったNMC、そして首謀者のEVEを決して許せなかった。彼はほどなくしてMISTへの
転属を志願したのだった。

彼は、これまでに何度も見てきた悪夢に、うなされ続けていた。

彼の目の前で、妻と娘がNMCに惨殺されるシーン。
そのNMCの背後で、せせら笑うEVE。
彼は怒りにふるえ、EVEに発砲する。しかし、何発ぶち込んでも、銃弾はEVEを
通り過ぎるのみで、全く効いていない。
彼が何かを叫びながら、銃に残った1発の弾丸を放った瞬間、EVEの顔は、
見覚えのある少女の泣き顔に変わる。

彼はいつもその場面で目が覚め、決まって多量の寝汗をかいていた。だが
今日の彼はいつもと少し違っていた。夢から醒めた後でも、いつもは思い出せない
夢の少女の顔を、今日は覚えていた。
「…あれは… …アヤの妹の…?」

−−−−

L.A.郊外の物流倉庫に、NMCらしき怪物が発生したとの最初の通報を受けたのは、
深夜勤務で事務所に残っていた彼ただ一人であった。本来ならば他のMISTメンバー
全員に緊急招集をかける必要があるが、彼はそれをしなかった。重大な服務規程違反に
あたる行為でることは、もちろん彼は承知していた。だが彼はただ一人、マイカーで
現場に急行した。
彼は現場にたどり着くと、NMC探知機で索敵して倉庫内にNMCが1体いることを確認した。
倉庫内に忍び込み、敵を目視で確認した。
強敵のANMC。
長期戦を覚悟した彼は、敵に見つからないように、すべてのドアを内側からロックした。
その理由は、敵を外へ逃がさないように「被害の拡大を防ぐ」ためだけではなかった…。

約1時間後。
他のMISTのメンバーがようやくこの異常な事態を知り、ほぼ全員が現場の倉庫に
駆けつけた。しかし、どの通用口もロックされていて中に進入できなかった。体当たりでは
到底破れそうにない頑丈さで、ガスバーナーで焼き切るにも、それが手元に無かった。
メンバーは皆疑問に感じたが、中にいるのは、NMC、そしてルパート…。
考えられる理由はたった一つ。
NMCを閉じ込めたのではなく、他のMISTメンバーを閉め出したのでは? と。

彼は身の丈3メートルほどもあるANMCと対峙していた。彼は左腕と右わき腹を
負傷していたが、それでも自力でANMCを倒そうと必死だった。
「ルパートさん! ルパートさん! ここを開けて下さい!」
「うるせえ! こいつは俺の獲物だ! 誰も手出しはするな!」
ルパートがロックしたドアの向こうの、同僚のハンターにそう言い放った。
「何故です!? なぜ一人で戦おうとするんですか!」
「…これは、俺の… 俺自身の闘いだ!」
「我々は仲間じゃないですか! 貴方に死んでほしく無いんです! お願いですから、
 早くここを!!」
「…そうだ! 俺も死んでほしくは無かったさ! 妻と娘にはな!!」

その時。
「みんな、さがってー!」
一人の少女が駆けつけ、倉庫の外壁に両手をかざした。
「イヴ! なぜここに!?」
彼女は赤い光弾を何発も壁にヒットさせ、溶解させて穴を開けた。さらに、そこから
潜って倉庫内に進入しようとした。小柄な彼女がやっと通れる大きさの穴だった。
「イヴ、待ちなさい! 危険すぎるわ!」
「わたしが、わたしがルパートさんをたすける!」
アヤの制止も聞かず、彼女は穴をくぐっていった。

ANMCが迫ってきた。重傷のため身動き出来なかった彼は、かろうじて動かせる腕で、
それに銃口を向けた。
「おおおおお!」
彼の叫びに呼応するかのように、ANMCが大きく口を開き、彼の頭に噛み付こうとした。
彼は意識を失う寸前だった。

その時、赤い光弾が、ANMCを何発もヒットした。――パイロキネシス。
ANMCは木っ端微塵に吹き飛んだ。
そして、何かが彼のもとへ駆けてきた。 彼には、それが、あの「EVE」に見えた。
「…妻を…娘を…かえせ!」
彼は、失いかけた意識の中、眼を見開いた。
そして、歯をくいしばり、それに向かって、残された最後の銃弾を放った。
――バーン!
それは、肩に銃弾が当たって顔をしかめた。そして、その顔は一瞬、見覚えのある顔に見えた。
「お、俺の…娘…!?」
それは、彼のもとへ飛び込んで抱きつき、大粒の涙を流した。
よく見ると、アヤによく似た顔の少女。
「イ… イヴ!」
彼がさらに言葉を続けようとするのを制するように、イヴはすすり泣きながら、
小声で言った。
「ルパートさん ごめんね、ごめんね…」
彼はひどく動揺し、混乱していた。突然現れANMCを倒し、彼を救った彼女に、
彼は発砲してしまったのだ。にもかかわらず、彼女はなぜ、あやまっているのか…?
それと同時に、今まで彼の奥深くに眠っていた感情が、急速に彼の意識を支配した。
(ネオミトコンドリア生物を… すべて滅ぼしてしまえ!)

その時、彼女のふところから一本の筆記具が地面に落ち、乾いた音がした。
その小さな音は、妙に静かな倉庫内にひろがり、こだました。あたかも、彼の憎悪感を
浄化するかのように。
音のこだまが消えた頃、彼女は声がかすれながらもゆっくり話した。
「え、えへへ、私の宝物なんだ…。
 ジュニア・ハイスクール入学のときにルパートさんが贈ってくれた万年筆だもん…
 いっつも持ってるんだよ」
「イヴ…」
「それとね、みんなを守るために… 私も一緒にたたかいたいの!
 みんな大好きなの! だから… 私のこと、きらいにならないで… おねがい…」

彼は、顔をくしゃくしゃにして涙を流し、歯をくいしばり、右手に持っていた拳銃の、引き金を引いた。
――カチッ…
「…うう、俺はなんてことを… 本当にすまなかった…
 娘が生きていれば、イヴと同じくらいの年だろうな…」
彼は、すすり泣くイヴを強く抱きしめた。 そして、号泣した。

−−−−

ほどなくして、彼はMIST辞職を決意した。
彼は他のメンバー全員の前で、ゆっくりと、こう話した。
「動機はどうあれ、俺は自分がしたことの責任をとらなければならない。
 そして俺は、これから過去とどう向かい合って、いかに生きるべきか、
 時間をかけて、考えるべきだと思う。」
他のメンバーが静かに彼の言葉に聞き入る中、ピアースが切り出した。
「ルパートさん、ぜひ日本のマエダ博士を訪ねてほしい。」
「マエダ博士… NYPD時代のアヤに協力して、あの事件の解決に大きな貢献をした…」
アヤがうなずいた。
「その通りよ、ルパート。彼には今でも感謝してるわ」
ピアースが言葉を続けた。
「今、博士はネオミトコンドリア保有者に対する教育プログラムを考案中で、僕も彼を
 支援してる。彼は例のマンハッタン封鎖事件の被害者に対する心のケアについても、
 他の学者と共に研究中なんだ。」
「カウンセリングも博士がやるのか?」
「直接やるかどうかは分からないけど、被害者であるあなたの体験は、きっと彼の研究の役に
 立つはずだ。それと、ネオミトコンドリア研究に基づいた彼のアドバイスを受けることも、
 これからの生き方を模索するあなたには、絶対必要なはずだよ」
ピアースの力強い話しぶりに、アヤも再びうなずいた。
「そうか…。考えてみる」
「ふふっ。実は、もう博士には連絡してあるんだ。考えるまでもなく、すぐに向かって!」
「お、おい、ピアース… 唐突だな…」
アヤがすかさず言った。
「素早い決断に的確な指示、たくましくなったわね、ピアース。さすがは――」
「さ・す・が・は、次期、上級捜査官〜!」
と、ジョディはピアースの肩をポンと叩いた。
「からかわないでくれよ… たのむよ…」
全員がどっと笑った。
「ありがとう、ピアース。そうさせてもらうよ。
 俺なりの答えがはっきり見つかったとき、また皆の前に現れたいと思う。
 その時は、また俺を迎えてくれるか…?」
メンバーは皆、瞳の奥に寂しさを漂わせながらも、大きくうなずいた。

−−−−

ロサンゼルス国際空港。
「皆によろしくな。向こうで落ち着いたらまた連絡する。」
「OK、わかったわ。必ずよ」
「それと、イヴには本当にすまないことを…」
「あ、そうそう! はい、これ。 渡し忘れたら、みっちり叱られるところだったわ。あぶない、あぶない」
アヤは、手紙らしきものが入った便せんを、ルパートに渡した。
『Dear daddy』

成田行きの旅客機の中で、彼はアヤから渡された手紙を読んでいた。
万年筆で書かれた文字の一部に、数滴の涙が落ち、インクをにじませた。

〜 ルパートパパへ 〜
  かってにパパってかいちゃった。ごめんね! 私にはほんとのパパがいないけど、
 ルパートさんみたいなパパだったら、とっても嬉しいの。
  それとね、アヤお姉ちゃんがね、そのうち私を日本へつれて行くって! お姉ちゃんのママの
 生まれた国だし、マエダさんっていう優しいおじさんもいるっていうし、すごく楽しみ。
  そして、パパと一緒に色んなところへ行きたいな。 それが私の、一番のお願い!
  お返事待ってるね!
〜 イヴより 〜


−完−



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