『フリント』


私の主(あるじ)は頑固者である。
この町はもはや危険だから一緒に脱出するよう、町の住人に忠告されたらしいが、
「俺たちの安住の地を守るのは、元軍人のつとめだ」
と主は言い張った。
主はたった一人でも何かの脅威と闘うつもりのようだ。それが何なのかは私には
わからない。主のような人のことを昔気質と呼ばれるのだろうか。だが私は
そういう人は嫌いではない。
主は毎日昼と夜の2回、この町を巡回している。もちろん私も同行する。
主は町を守る。私は主を守る。当然のことであろう。

ある日の昼。
主と私だけが残ったこの町へ、一人の若い女がやってきた。
この女が例の脅威? いや、私の嗅覚は、そうではないと感じ取った。
嗅覚でわかるもんか、だと? 所詮君たち人間の嗅覚などではわからんだろうな。
話を進めよう。
主は女を信用したらしく、私に女を古井戸へ案内するように言った。
…この女、何をするつもりだ?
どぶさらいでもするつもりか? ま、私にはどうでもいいことだ。その前に、井戸を
降りるのに女の体重を支えられそうなロープを持っていかせたほうが良いだろう。
私は鼻も利くが細かいところにも気が利くのだ。
おいおい、早く行くぞ。そんなサソリに構うこたあない。

夜。
さっきの女が主に車を借りたいと言ってきた。車の調子が悪いことを知ると、主に
修理まで求めてきた。…なんともあつかましい女である。借りは倍にして返すのが
当然だが、この女はわかっているのだろうか? もっとも私にとっては、BPとかいう
わけわからんもので返されても、ちっともありがたくないのだが。
主は女に全面協力するようだ。主の決めたことに、私は口をはさむようなことはしない。
主は車の修理を終えると、私に女を護衛するように言った。…あの女、私にまで
借りを作るつもりか? まあいい。ただし、女よ、VIP気取りも今のうちだけだ。覚えとけ。
私の持ち場は広場で、そこへ女がやってきた。私は中途半端が嫌いで、やると
決めたらやりとげる。したがって、女の後に徹底的についてやった。

深夜。
何かがこの町に迫っている。私の鋭敏な嗅覚で、それが主の闘う脅威であることを
直感した。地面に激しい振動が走り、重い地響きが鳴った。ふん、脅威の実体は
あの巨体か。
おいおまえ、寝ぼけるな。ここのモーテルにはおまえの予約は入ってないぞ。
私は、そいつを追い払おうと懸命に吠え続けた。女のためではない。主を守る
ためである。
そいつは突如、口から火炎を吐いた。…こいつ大道芸人か? 私もさすがに丸焼けは
かなわんので、間一髪で炎をかわした。
主もそいつに対峙すべく、ご自慢のショットガンで応戦した。しかし、危うくそいつに
踏まれそうになり、逃げようとしたが足がもつれて転倒した。おい、主に何てこと
するんだ! 私は怒りに打ち震えた。
しかしやがて、そいつは私達には目もくれず、モーテル2階のあたりをしきりに
ちょっかいを出すようになった。あの女が気になるのか? そして今度は、信じられない
ことに、何とそいつは溶けて地中へ消えた…。 やはり、大道芸人に違いない。
女が広場へやってきて、主のもとへ駆けつけた。どうやら女があいつをやっつけた
らしい。主は女に礼を言い、修理済みの車の鍵を女に渡した。
結果的には女が主を助けた形になった。車の借りについては一応主に返したことに
なるだろう。しゃくではあるが事実なので、私も認めざるを得ない。
しかし… この女、いったい何者だ? 主や私でも歯が立たなかったやつを
やっつけたとは。何かトリックでも使ったのか?探究心も人一倍の私は、この不思議な
女を執拗に追い続けた。

女が主の車で裏山へ出発した後。
今度は、一人の黒眼鏡の男がやってきた。この男も例の脅威ではなかった。今日は
やたらと客がこの町へやって来る。それも変な客ばかり。
男は妙に落ち着かない様子であちこち見回していた。何かを探しているのだろうか。
そして給水塔へと登っていった。 おいやめとけ、そこには行くな。血を吸われて
ミイラになりたいのか? タンクの上にいるであろう、酒場のマスターと同様にな。
その時、私の嗅覚は覚えのある匂いをかすかにとらえた。古井戸の方からのようだ。
あの、不思議女だ。さっき裏山へ行ったと思ったら、今度はまた古井戸か。 さすが
不思議女、やはり理解不能である。
今、黒眼鏡を救えそうなのは女しかいないだろう。私は古井戸へ行って女が登って
くるのを待ち、女を黒眼鏡のもとへつれていった。ほら、早く助けに行ってやれ。
ところで、さっきから気になっていたが… この女、なぜ泥まみれでしかもゴミ臭いんだ?

夜明け。
主は女のことが心配らしく、助けになってやるように告げた。私の首輪にボトルと
カプセルを結わえ付けた。女の居場所は、私の鋭敏な嗅覚をもってしてもかろうじて
わかる程度。そこはここからちと遠く、私も若くはないから行くのに苦労しそうだが、
主の言葉には忠実に従うのが私のゆるぎないポリシーだ。
ふっ、また借りを増やしたな、不思議女。
息が切れながらもようやく私は女のもとへたどり着いた。女は驚き、私の首輪に
結わえたモノを見つけ、それらをはずすと、こう言った。
「フリント♪ ごくろうさま」
…まったく、その通りである。
さらに女は、持っていたぬいぐるみを私に見せ、この匂いの人物を探していて居場所が
わかるか聞いてきた。
匂いはその女のによく似ていたが、微妙に違う。私にはその違いがはっきりわかる。
馬鹿にするな、あんたをここまで探し当てた嗅覚はだてじゃない。それをはっきり
証明してみせるため、私は女をその人物のところへ誘導してやることにした。
…もう何度目だ? この女が私に借りを作るのは。

建物の中へ入っていくと、その途中で私は別の覚えのある匂いにも気づいた。
あの黒眼鏡だ。 なぜこっちにいるのだ?ミイラ男よ。 まあいい。今の私の役目は、
ぬいぐるみの匂いの人物まで女を誘導することである。黒眼鏡のことは伏せておこう。
…ん? あいつの居場所へ躊躇せずに女が入っていく。 ほお、あんた、なかなか
いい嗅覚を持ってるな。私のにはかなわんが、鍛えれば、今までのような無駄な行動を
とらずにすむようになるかもしれん。精進することだ。
さらに先へ進むと、妙な服装の男が倒れていた。ひどく体力を消耗しているようだ。
女は私に、男のそばについているように言ってきた。主でもないのに私に命令するのは、
全くもって納得できなかったが、人形の匂いの人物はすぐそこのようだし、そこそこ
嗅覚のいい女だからきっと見つかるであろう。それにここは妙に体の中から熱く
なるような、あの大道芸人より大きい脅威が存在しているようだ。今はこの男のほうが
ちと心配なので、私は女の言う通りにしてやった。
…おい、あんちゃん。あんたを見捨てていくとは、薄情な女だよな。

そして今。
主のもとへたまに二人の客がやってくるようになった。例の不思議女。そして、女の子も
一緒だ。ぬいぐるみの匂いの人物とは、まさにこの女の子のことで、顔立ちは何と
不思議女と瓜二つである。
最近知ったことだが、女は元々脅威に立ち向かうために、この町へ来たらしい。ならば、
女は主と志(こころざし)を共にする仲間ということになる。
それはそうと、私にはどうしても気になって仕方がないことがある。女の今までの
数々の不思議な行動である。そしてこうも感じる。この女にはまだ謎めいた何かが
あるに違いない。私はそれらを解くために、女がこちらへ訪ねてくる時は、片時も
女のそばから離れないようにしている。

女の子「フリント〜、わたしともいっしょに遊ぼうよ〜」
主「ははは、こいつはすっかりアヤに惹かれているんだよ。アヤが大好きなのさ」
不思議女「ふふっ… フリント、私もあなたが大好きよ」

……わ、私に惚れる前に、たくさんたまった私への借りを返すのを忘れないでくれ。


−完−



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